衝撃的なできごとにさらされた子どもを助けるには
by パティー・ウィフラー
衝撃的なできごとにさらされた子どもを助けるには
無惨な暴力に思いやりで応えるのはだれにとっても難しいことです。死や争いの映像を目にす ればだれもが一連の感情を刺激されます。愛する人や社会など自分たちの中から、暴力という 野蛮な道具をふるって人や物を傷つける人があらわれるのは恐ろしいものです。
こんなとき親はどうしたらいいでしょう?暴力のことを子どもにどう説明すべきでしょう? 子どもを守り育みながら、親の恐怖心や不安感はどう処理したらいいでしょう?暴力が現実に身近に存在するとき、争いの平和的な解決法を子どもにどう教えたらいいのでしょう?
暴力という残忍な行為は人の理解を越えるものです。政治権力を得るための暴力であれ、小地域の犯罪のように問題ある個人を社会が見いだし救えなかったために起きた暴力であれ、理解不能です。
人が人を傷つける行為は理解を越えるものです。暴力は人間の本性にそぐわない不快な行為なので、暴力にあったり、暴力を目撃した子どもの心は動揺や傷でいっぱいになります。ですから、子どもの心をできるだけ傷つけないように守りながら、悲しい惨事に対応してください。でも、暴力の存在が子どもを傷つけているという事実を避けて通ることはできません。
こんな難しい時に、子どものことも、親である自分のこともよくケアするための提案があります。
まず、子どもがいない所で、大人同士で衝撃的なできごとへの気もちや衝動を話し合ってください。どう押さえつけても、私たちは惨事について大きな感情を抱えています。歴史上も今も繰り返される暴力に対し無力感や絶望感に陥ることもあるでしょう。社会に健全 な抗議をする場がないため、内心悲しんだり腹を立ててはいても、あきらめや無関心を装わなければならないこともあるでしょう。そんな大人にとれる第一歩は、自分にとってなにが大切で、誰が大切なのかしっかり覚えておくことです。
そうすれば、子どものときに願っていた、やさしく安全で公正な世界への希望を思いだすことができるでしょう。大人だって愛する人を思い、安全や公正を願って、泣いたり、震えたり、あからさまに怒るなど、事態にふさわしく人間らしい感情表現をしていいのです。でも、感情発散は子どものいない所でほかの大人としてください。深い感情を体験すると、大人も本来の力を取り戻すことができ、「世界を正義ある場所にしよう!」と家族やコミュニティで精一杯はたらくための希望を得ることができるでしょう。
大人も人を思いやり、正義や暴力の撲滅に関心をもっていることを子どもが見るのはとてもいいことです。でも、子どもだけに大人の感情をぶつけてはいけません。動揺していたら子どもの前で泣いてもいいのです。でも、泣きながら言葉で細かく気もちの説明をしないでください。そのかわり「ニュースを聞いて腹がたった」とか「悲しい気もちがなくな
るまでちょっと泣かせて」と簡単に言ってあげてください。
幼い子どもにはできごとの詳細を教えないでください。子どもの心は暴力を消化することができません。リアルな映像を見たり大人が脚色した解説を聞いてこわい思いをしてしまうこともあります。
幼い子どもを不必要にこわがらせないよう、次のようなことを心がけましょう。
• ニュースや報道から子どもを守るテレビの報道や新聞の写真を見たり、ラジオの解説を聞くと、大人に不安感や不信感を抱かせ、収拾不可能な事態が起きている、という印象を子どもに与えてしまいます。ニュースは子どもが寝たあとや通勤の車や電車の中で入手するようにしましょう。苦労して築いた家庭内のつながりや愛情が報道によって壊されてはいけません。
• どうして人が道を外れるのか「逸脱」行動について的確な考え方を示すある人は悪人、またある人は善人とレッテルを貼るのは、混乱を招き、現代社会の不 正を助長する考え方です。子どもには「人はみな善良だ」というメッセージをあげてください。「でも傷ついたりこわい思いをするとだれでも道を外れることがある。」「世の中にはひどい仕打ちを受けて育った人がいる。」「ひどい仕打ちを受けて傷ついて育ったひとがほかの人を傷つけたくなることがある。」「でも、だれかが止めに 入って、暴力を押さえながらそばについてあげれば、 傷ついて育った人でも変わるこ とができる。」「大人だってどうやって止めに入ったらいいか分からないことも、止 めに入る勇気がないこともあるし、大きくなって暴力をふるう前につかまえてあげら れないこともある。」「でも、大人もそんな失敗から学ぼうとしているんだよ。」と
話してあげてください。
• 年が上の子どもには、社会に虐げられている人々がいることを話す一見希望がない状況に置かれていても、虐げられた人が力を合わせ敬意をもって要求 すれば、暴力をふるわずにきっと正義を築くことができる、と教えてあげてください。
• 死に値する悪い人がいるという考え方をやめる 人類の平和共存のためにも、絶望と暴力を生み出す不正を改めるためにも、悪に対する考え方を変え、暴力にたよらずに暴力を防ぐ効果的な方法を真剣に探らなければなりません。「本来は善良な人が、傷ついたまま一人きりで放っておかれ、だれも助けの手を届けることができなかった。そして、この心の傷がために人を傷つけることになってしまった」という一見分かりづらいながらも、より的確な考え方を追求できる人が必要です。
• 今すべきことや毎日の日常生活に集中し、一緒にいることを喜び、家族一人一人のことを喜ぶ
• 惨事については、子どもに分かりやすい言葉でおおまかに話すたとえば「今日はみんなにとって悲しいことがあった。人を傷つけてしまった人がいたんだ。だれにも止めることができなかった。」とか「パパ/ママもいろいろな気もちがある。だから、ほかの大人に聴いてもらってる。」と言ってあげてください。
• 暴力や死について話すときは、「一緒に」という言葉をつかう「亡くなった人を追悼して、思いを伝えるために家族で一緒にどんなことができると
思う?」というような質問は癒しにつながります。子どもにもどんな考えがあるか聞いてあげてください。親から提案してもいいでしょう。たとえば「ろうそくに火をともすのはどう?」「黙想してみる?」「不幸にあった人を思いながら家族みんなで抱きしめ合ってみようか?」「手紙を書いてみる?」「地域の恵まれない人たちに食べ物や洋服を寄付してはどう?」など。一緒に思いやりある行動をとるのは家族みんなにとっていいことです。子どもの考えもあなた自身の思いやりの力も尊重して実行してみてください。
子どもがテレビのリアルな映像を見たり、大人のピリピリした不安気な会話を聞いてしまったら、そんなときは、安心させる言葉をかけてください。「ここは安全だよ」
「ママ/パパがついているから安心して」「二度と危ないことが起きないようにパパ/ママもみんなと力を合わせて一緒に精一杯がんばるよ」と伝えてあげてください。
惨事が起きた理由を聞かれたら、子どもの年齢と経験に合わせて答えてください。「世界から不公平がなくなる方法は大人にだってまだ分からない」そう認めていいのです。たとえば『○○ちゃんが「不公平だ!」って怒ったり泣いたりしたら、そんな気もちをママ/パパが聴いて、どうしたら不公平がなくなるか解決法を考える。でも、世の中には不公平 なことがあっても話を聞いたり助けてもらえない人がたくさんいる。心が傷ついたまま一人ぼっちでだれにも理解されないと、怒りに走ったり取り返しのつかないことをしてしまう人がいるんだよ。』と話してあげてもいいでしょう。
社会の不正や理不尽な行動について話すときは、家庭で家族の一員が理不尽な行動をして注意を求めているときにあなたが親として心がけていることも話してあげてください。たとえば「けんかになったらじっくり話を聴いて解決する」「人を傷つけるようなことは決して口にしない」「ママ/パパが腹を立てることがあったら、できるだけほかの大人に聴いてもらう」「困っている人がいたら手を差し伸べて、希望をなくさないように、気遣ってくれる人がいることを覚えてもらえるようにする」など家庭のルールを話してもいいでしょう。
でも、どんなに言葉で説明しても、子どもには理不尽な行動を理解することはできません。理不尽な行動は人の理解を越えるものなのです。ですから「正しい」説明をしなければとがんばる必要はありません。事実をならべても理解にはつながらないのです。それよりも、どうして大人がこんな反応をしているのか教えてもらったり、浮かない顔をしている大人も子どもの世話はちゃんとするよ、と安心させてもらうことが子どもには大事です。子どもには「だれにも危ないことはさせないよ」と安心の言葉を何度もかけてあげてください。
もし地域に暴力が起きていて、日々こわい思いをしているとしたら、「きっといつかは良くなる」「こわい思いをしなくてもいい日がきっとくるよ」と言ってあげてください。親もあきらめずに、人を愛し、思いやり、家族やコミュニティの改善のために働いている
姿を子どもに見せてあげてください。
子どもは、惨事の話や大人の口調や映像でこわい思いをすると、それとは無関係なことで恐怖心を表現するものです。たとえば、夜中に目が覚めて泣くかもしれません。またはご飯のときに「ママ/パパのお膝に座りたい!」と駄々をこねるかもしれません。あるいは「靴が見つからない」とかんしゃくを起こすかもしれません。
こんなときは、子どものそばに寄り添って、安心させながら、いっぱい感じているままの気もちを聴いてあげてください。そして「ごちそうさまの後だったらお膝に乗っていいよ。」とリラックスした口調で応えてください。そうすると、あなたからの安心感が心におさまるまで、子どもは泣いたり暴れたりして恐怖心を吐き出そうとするでしょう。または「靴はきっと見つかるよ。でも今はなくなっちゃったね。」と言っていいのです。そんな言葉がきっかけとなって、子どもは抱えていた恐怖心や不安感をやっと出すことができるでしょう。
親にとっては些細に見えるそんな小さなできごとが、子どもの心の「缶切り」の役割りを果たし、たまっていた大きな感情のふたを開けてくれます。ご飯や就寝時などホッとする家族団らんの場や、学校や保育園へ行く前の朝の忙しいときを選んで感情を爆発させることが子どもにはよくあります。そんな時の子どもはたまっていた気もちを吐き出し、再び安心感を感じようとしているのです。
そばに寄り添って気もちに耳を傾けると、子どもの感情表現がしばらくは続くとおもってください。また、温かく愛情深く聴けば聴くほど、子どもの感情表現はますます激しくなるものです。これはいたって正常で、健康的な感情のはたらきで、あなたからの安心感が子どもの心に届いたことを表すサインです。でも、子どもの感情の原因と思われる惨事については何も言わないでください。親が分析したとたんに子どもの感情発散のはたらきがぴたりと止まってしまうことがあるからです。子どもが選んだ小さなできごとは、子どもにとってはちょうどいい大きさのできごとなのです。言葉をかけるときは(見つからない靴のような)目前のできごとについて話し続けてください。
最後に、責任追及や暴力といった安易な方法では真の正義、人間理解、権力と資源の分割は成し遂げられません。不安な時こそ、人々がより明晰に思考するためには、感情の衝動的な激しさがやわらぐよう、人々の感情によく耳をかたむけなければなりません。人を孤立や理不尽な行動に追いやるのは世の不正です。不正を問題にしない反動的な「解決法」に走ることがないように、親も社会に発言し力を合わせる必要があります。
小集団である家族でさえ、常に全員が協力するためには、一人一人の愛情や務め、誠実な関わりが大切なことを、私たち親は身にしみて知っています。
親として習得しているこのスキルは、まさに人間社会を個人レベルから癒していくのに必要なスキルです。人と人との間が一歩でも近づきますように。生き方が違う人とも歩み寄ることができますように。人と人との間を分つ傷を癒すために思いやりをもって聴き、傷を生み出す不正を正すことができますように。
無惨な暴力に思いやりで応えるのはだれにとっても難しいことです。死や争いの映像を目にす ればだれもが一連の感情を刺激されます。愛する人や社会など自分たちの中から、暴力という 野蛮な道具をふるって人や物を傷つける人があらわれるのは恐ろしいものです。
こんなとき親はどうしたらいいでしょう?暴力のことを子どもにどう説明すべきでしょう? 子どもを守り育みながら、親の恐怖心や不安感はどう処理したらいいでしょう?暴力が現実に身近に存在するとき、争いの平和的な解決法を子どもにどう教えたらいいのでしょう?
暴力という残忍な行為は人の理解を越えるものです。政治権力を得るための暴力であれ、小地域の犯罪のように問題ある個人を社会が見いだし救えなかったために起きた暴力であれ、理解不能です。
人が人を傷つける行為は理解を越えるものです。暴力は人間の本性にそぐわない不快な行為なので、暴力にあったり、暴力を目撃した子どもの心は動揺や傷でいっぱいになります。ですから、子どもの心をできるだけ傷つけないように守りながら、悲しい惨事に対応してください。でも、暴力の存在が子どもを傷つけているという事実を避けて通ることはできません。
こんな難しい時に、子どものことも、親である自分のこともよくケアするための提案があります。
まず、子どもがいない所で、大人同士で衝撃的なできごとへの気もちや衝動を話し合ってください。どう押さえつけても、私たちは惨事について大きな感情を抱えています。歴史上も今も繰り返される暴力に対し無力感や絶望感に陥ることもあるでしょう。社会に健全 な抗議をする場がないため、内心悲しんだり腹を立ててはいても、あきらめや無関心を装わなければならないこともあるでしょう。そんな大人にとれる第一歩は、自分にとってなにが大切で、誰が大切なのかしっかり覚えておくことです。
そうすれば、子どものときに願っていた、やさしく安全で公正な世界への希望を思いだすことができるでしょう。大人だって愛する人を思い、安全や公正を願って、泣いたり、震えたり、あからさまに怒るなど、事態にふさわしく人間らしい感情表現をしていいのです。でも、感情発散は子どものいない所でほかの大人としてください。深い感情を体験すると、大人も本来の力を取り戻すことができ、「世界を正義ある場所にしよう!」と家族やコミュニティで精一杯はたらくための希望を得ることができるでしょう。
大人も人を思いやり、正義や暴力の撲滅に関心をもっていることを子どもが見るのはとてもいいことです。でも、子どもだけに大人の感情をぶつけてはいけません。動揺していたら子どもの前で泣いてもいいのです。でも、泣きながら言葉で細かく気もちの説明をしないでください。そのかわり「ニュースを聞いて腹がたった」とか「悲しい気もちがなくな
るまでちょっと泣かせて」と簡単に言ってあげてください。
幼い子どもにはできごとの詳細を教えないでください。子どもの心は暴力を消化することができません。リアルな映像を見たり大人が脚色した解説を聞いてこわい思いをしてしまうこともあります。
幼い子どもを不必要にこわがらせないよう、次のようなことを心がけましょう。
• ニュースや報道から子どもを守るテレビの報道や新聞の写真を見たり、ラジオの解説を聞くと、大人に不安感や不信感を抱かせ、収拾不可能な事態が起きている、という印象を子どもに与えてしまいます。ニュースは子どもが寝たあとや通勤の車や電車の中で入手するようにしましょう。苦労して築いた家庭内のつながりや愛情が報道によって壊されてはいけません。
• どうして人が道を外れるのか「逸脱」行動について的確な考え方を示すある人は悪人、またある人は善人とレッテルを貼るのは、混乱を招き、現代社会の不 正を助長する考え方です。子どもには「人はみな善良だ」というメッセージをあげてください。「でも傷ついたりこわい思いをするとだれでも道を外れることがある。」「世の中にはひどい仕打ちを受けて育った人がいる。」「ひどい仕打ちを受けて傷ついて育ったひとがほかの人を傷つけたくなることがある。」「でも、だれかが止めに 入って、暴力を押さえながらそばについてあげれば、 傷ついて育った人でも変わるこ とができる。」「大人だってどうやって止めに入ったらいいか分からないことも、止 めに入る勇気がないこともあるし、大きくなって暴力をふるう前につかまえてあげら れないこともある。」「でも、大人もそんな失敗から学ぼうとしているんだよ。」と
話してあげてください。
• 年が上の子どもには、社会に虐げられている人々がいることを話す一見希望がない状況に置かれていても、虐げられた人が力を合わせ敬意をもって要求 すれば、暴力をふるわずにきっと正義を築くことができる、と教えてあげてください。
• 死に値する悪い人がいるという考え方をやめる 人類の平和共存のためにも、絶望と暴力を生み出す不正を改めるためにも、悪に対する考え方を変え、暴力にたよらずに暴力を防ぐ効果的な方法を真剣に探らなければなりません。「本来は善良な人が、傷ついたまま一人きりで放っておかれ、だれも助けの手を届けることができなかった。そして、この心の傷がために人を傷つけることになってしまった」という一見分かりづらいながらも、より的確な考え方を追求できる人が必要です。
• 今すべきことや毎日の日常生活に集中し、一緒にいることを喜び、家族一人一人のことを喜ぶ
• 惨事については、子どもに分かりやすい言葉でおおまかに話すたとえば「今日はみんなにとって悲しいことがあった。人を傷つけてしまった人がいたんだ。だれにも止めることができなかった。」とか「パパ/ママもいろいろな気もちがある。だから、ほかの大人に聴いてもらってる。」と言ってあげてください。
• 暴力や死について話すときは、「一緒に」という言葉をつかう「亡くなった人を追悼して、思いを伝えるために家族で一緒にどんなことができると
思う?」というような質問は癒しにつながります。子どもにもどんな考えがあるか聞いてあげてください。親から提案してもいいでしょう。たとえば「ろうそくに火をともすのはどう?」「黙想してみる?」「不幸にあった人を思いながら家族みんなで抱きしめ合ってみようか?」「手紙を書いてみる?」「地域の恵まれない人たちに食べ物や洋服を寄付してはどう?」など。一緒に思いやりある行動をとるのは家族みんなにとっていいことです。子どもの考えもあなた自身の思いやりの力も尊重して実行してみてください。
子どもがテレビのリアルな映像を見たり、大人のピリピリした不安気な会話を聞いてしまったら、そんなときは、安心させる言葉をかけてください。「ここは安全だよ」
「ママ/パパがついているから安心して」「二度と危ないことが起きないようにパパ/ママもみんなと力を合わせて一緒に精一杯がんばるよ」と伝えてあげてください。
惨事が起きた理由を聞かれたら、子どもの年齢と経験に合わせて答えてください。「世界から不公平がなくなる方法は大人にだってまだ分からない」そう認めていいのです。たとえば『○○ちゃんが「不公平だ!」って怒ったり泣いたりしたら、そんな気もちをママ/パパが聴いて、どうしたら不公平がなくなるか解決法を考える。でも、世の中には不公平 なことがあっても話を聞いたり助けてもらえない人がたくさんいる。心が傷ついたまま一人ぼっちでだれにも理解されないと、怒りに走ったり取り返しのつかないことをしてしまう人がいるんだよ。』と話してあげてもいいでしょう。
社会の不正や理不尽な行動について話すときは、家庭で家族の一員が理不尽な行動をして注意を求めているときにあなたが親として心がけていることも話してあげてください。たとえば「けんかになったらじっくり話を聴いて解決する」「人を傷つけるようなことは決して口にしない」「ママ/パパが腹を立てることがあったら、できるだけほかの大人に聴いてもらう」「困っている人がいたら手を差し伸べて、希望をなくさないように、気遣ってくれる人がいることを覚えてもらえるようにする」など家庭のルールを話してもいいでしょう。
でも、どんなに言葉で説明しても、子どもには理不尽な行動を理解することはできません。理不尽な行動は人の理解を越えるものなのです。ですから「正しい」説明をしなければとがんばる必要はありません。事実をならべても理解にはつながらないのです。それよりも、どうして大人がこんな反応をしているのか教えてもらったり、浮かない顔をしている大人も子どもの世話はちゃんとするよ、と安心させてもらうことが子どもには大事です。子どもには「だれにも危ないことはさせないよ」と安心の言葉を何度もかけてあげてください。
もし地域に暴力が起きていて、日々こわい思いをしているとしたら、「きっといつかは良くなる」「こわい思いをしなくてもいい日がきっとくるよ」と言ってあげてください。親もあきらめずに、人を愛し、思いやり、家族やコミュニティの改善のために働いている
姿を子どもに見せてあげてください。
子どもは、惨事の話や大人の口調や映像でこわい思いをすると、それとは無関係なことで恐怖心を表現するものです。たとえば、夜中に目が覚めて泣くかもしれません。またはご飯のときに「ママ/パパのお膝に座りたい!」と駄々をこねるかもしれません。あるいは「靴が見つからない」とかんしゃくを起こすかもしれません。
こんなときは、子どものそばに寄り添って、安心させながら、いっぱい感じているままの気もちを聴いてあげてください。そして「ごちそうさまの後だったらお膝に乗っていいよ。」とリラックスした口調で応えてください。そうすると、あなたからの安心感が心におさまるまで、子どもは泣いたり暴れたりして恐怖心を吐き出そうとするでしょう。または「靴はきっと見つかるよ。でも今はなくなっちゃったね。」と言っていいのです。そんな言葉がきっかけとなって、子どもは抱えていた恐怖心や不安感をやっと出すことができるでしょう。
親にとっては些細に見えるそんな小さなできごとが、子どもの心の「缶切り」の役割りを果たし、たまっていた大きな感情のふたを開けてくれます。ご飯や就寝時などホッとする家族団らんの場や、学校や保育園へ行く前の朝の忙しいときを選んで感情を爆発させることが子どもにはよくあります。そんな時の子どもはたまっていた気もちを吐き出し、再び安心感を感じようとしているのです。
そばに寄り添って気もちに耳を傾けると、子どもの感情表現がしばらくは続くとおもってください。また、温かく愛情深く聴けば聴くほど、子どもの感情表現はますます激しくなるものです。これはいたって正常で、健康的な感情のはたらきで、あなたからの安心感が子どもの心に届いたことを表すサインです。でも、子どもの感情の原因と思われる惨事については何も言わないでください。親が分析したとたんに子どもの感情発散のはたらきがぴたりと止まってしまうことがあるからです。子どもが選んだ小さなできごとは、子どもにとってはちょうどいい大きさのできごとなのです。言葉をかけるときは(見つからない靴のような)目前のできごとについて話し続けてください。
最後に、責任追及や暴力といった安易な方法では真の正義、人間理解、権力と資源の分割は成し遂げられません。不安な時こそ、人々がより明晰に思考するためには、感情の衝動的な激しさがやわらぐよう、人々の感情によく耳をかたむけなければなりません。人を孤立や理不尽な行動に追いやるのは世の不正です。不正を問題にしない反動的な「解決法」に走ることがないように、親も社会に発言し力を合わせる必要があります。
小集団である家族でさえ、常に全員が協力するためには、一人一人の愛情や務め、誠実な関わりが大切なことを、私たち親は身にしみて知っています。
親として習得しているこのスキルは、まさに人間社会を個人レベルから癒していくのに必要なスキルです。人と人との間が一歩でも近づきますように。生き方が違う人とも歩み寄ることができますように。人と人との間を分つ傷を癒すために思いやりをもって聴き、傷を生み出す不正を正すことができますように。
